千葉地方裁判所 昭和31年(モ)153号 決定 1956年6月05日
申請人 瀬島清兵衛
被申請人 福本藤三郎
主文
申請人の申請を却下する。
事実及び理由
申請代理人は「被申請人はその所有名義の別紙目録<省略>記載の不動産(以下単に本件農地という。)に対して申請人のため昭和二十九年九月六日売買による所有権取得の請求権保全の仮登記をせよ。」との裁判を求め、その申請の理由の要旨は
申請人は被申請人から昭和二十九年九月六日知事の許可を受けることを条件に本件農地を金三十九万円にて買受け即日その代金の支払をしたが、所有権移転の登記手続は知事の許可を得るため当時これをしなかつた。よつて右所有権移転の請求権を保全するため本件申請に及んだというにある。
よつて考えるに真正に成立したと認められる疎甲第一号証によると申請人と被申請人との間に申請人主張の如き売買契約が締結されたことが一応認められる。(尤も右疎甲第一号証によると「所有権移転登記手続は農地委員会の承認を得たる上後日之を履行する」旨の記載があることが認められるが、右記載は農地の売買についての許可の権限を有するものについて錯誤におちいり、この結果「県知事の承認を得たる上」とすべきをその表示を誤つたものと認める。)
然らば県知事の許可を条件とする農地の売買契約はどんな効力を有するであろうか。農地法第三条第一項本文は農地について所有権を移転する場合には当事者が都道府県知事の許可を受けなければならない旨を規定すると共に、同条第四項において「第一項の許可を受けないでした行為は、その効力を生じない。」と規定する。本件売買契約が右農地法第三条第一項に違反することは明らかであるが右規定に反する右売買契約がどんな効力を有するかは「農地はその耕作者みずからが所有することを最も適当であると認めて耕作者の農地の取得を促進し、その権利を保護し、その他の土地の農業上の利用関係を調整し、もつて耕作者の地位の安定と農業生産力の増進とを図る」ため、農地の所有権の移転を県知事の許可にかゝらせることによつて厳格に規制しようとする右規定の趣旨を達成するに必要にして十分な範囲において決定されなければならない。然るときは右契約は不成立又は全然無効と解すべきではなく、買主は売主に対し右契約に基き都道府県知事に対する許可申請についての協力を訴訟上又は訴訟外に請求することができるものと解せられるが、更にその上に買主が農地に対する知事の許可を条件とする条件附所有権を取得すると解すべきではない、もしこれを認めると条件附権利は「一般ノ規定ニ従ヒ之ヲ処分、保存」することを得ることは民法第百二十九条の規定するところであつてこの結果農地は県知事の許可を得ることなく条件附所有権を売買の形式で、転々譲渡せられるに至り前記規定の趣旨は全然没却せられるに至るであろう。
以上の如く申請人は本件売買契約に基き本件農地について県知事の許可を条件とする所有権を取得できないのであるから右権利に基く本件仮登記仮処分命令の申請はその理由がなく却下を免れない。よつて主文のとおり決定する。
(裁判官 浜田正義)